度重なる不運時は、より人の優しさが温かく感じるもの

最近本当にいろいろとツイていないことが多く、精神的にも参っているはる蔵。何度も耐えては、また幾度もの困難や不運、不幸が迫る。
そんな日々が長く続き、心は折れかけているものの、そのどこかに支えとなっている部分があり、完全には折れていない。

というのは、家族の優しさ、人の優しさ。俺は思春期からの延長線のまま、家族に対しあまり大人になれずにいます。これでも少しは大人になった方ではあるが、思春期になかなか荒れていたため、今更…照れくさい部分があるのだ。そんなはる蔵だが、親への感謝は頭が上がらないくらいしているのが本音。

今は苦しい、けど苦しいからこそちょっとした気遣いや優しさが、普段普通に暮らしていたら感じないこともとても温かく感じる。
これは家族だけではない、友達でもそうだ。
そんな人の優しさを普通以上に感じると、自然と涙がこみ上げてくる。

記事を通して感謝の気持ちを込めて…「ありがとう。度重なる不幸に対して、自分は不幸だと大きく捉えてしまいがちだが…本当は俺は幸せ者なんですね。」

今回は俺の個人的な思いや感情だけを綴ったブログ記事になってしまいました。
捉え方によっては一見暗い記事内容に見えますが、これは明るい記事でございます。

不運に関しては今は恵まれていないかもしれない、でも俺は周りの人間に恵まれているのだと再実感できた最近のはる蔵でした。

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2012年6月9日 | コメントは受け付けていません。|

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