これが最後の送り出し!初教え子の保育園卒園式と謝恩会に参加
昨日は保育園の卒園式に行ってきました。卒園式を迎える前から「さよならぼくたちのようちえん(ほいくえん)を聴くだけで泣けてくる」なんて記事を書いていたくらいですので、当然号泣してきました。
※この記事はあまりにも長文であり、この記事は人に読んでもらうと言うよりも自分の今の思いを書いた自己満日記みたいな感覚で書いています。普段から自己満記事なんですが今日は特に激しく(笑)
初の教え子であり、今回で最後の送り出しをするクラス。子どもの名前は当然のこと、思い出は今でも鮮明に覚えております。
はる蔵にとって保育士人生の初であり、また苦労も絶えないクラスだっため一生忘れないことでしょう。
保護者感覚でバッチリ撮影準備をして行きました
保護者感覚で行く気満々だったので、ビデオ撮影に気合いが入るわけです。
- ビデオカメラ:Canon iVIS HF G10
- 大容量バッテリー:互換バッテリー2つ+純正バッテリー
- 一脚:サンワサプライ マルチスタンド
- 三脚
- SDカード:Transcend SDXCカード 64GB+32GB
- 予備のビデオカメラ
この装備でいざ出発。バッテリーに関してはまだ未使用だったため、念には念をという感じで3つ持っていきました。
卒園式最中の話になりますが、最初は三脚で撮影していたのですが、途中で一脚に変えて撮影しました。場所を取らないし、一脚はマジで便利っす!
卒園式本番
以前の記事で泣けるポイントをお話しましたが、そのポイントのまんまでした。ご参考までにそのポイントをまた記載します。
- その子達との思い出
- 個々の成長と過去を比較し、思い出しながら泣く
- 担任の先生の涙につられてもらい泣き。成長したよね・苦労したよね…とかそういった気持ちを考えるとこっちまで泣けてくる
- じっと座っていられなかった・泣き虫だった子達が立派な姿を見せる
- 涙する子どもの姿を見て「痛い、自分の思い通りにいかない以外で泣けるようになったか」とか
- お前らから元気もらったぞ…ありがとう
もらい泣きなんて今回はありませんでした。もらい泣きする前に涙が出ていましたからね…。
一発目は入場の時に立派に歩いて入ってくる姿。
二歳児の時にはちょろちょろ歩き回っていた連中が…といった過去を思い出し、涙。
続いて卒園証書授与。なんでそんな立派な返事が出来るんだ、そして受け取り方も様になってるし、立派に座ってられるじゃないかと涙。
また、卒園証書を保護者に渡す時に一言感謝の気持ちを子どもが言うのですが、これは特に涙。一番ヤバかった一言はこちらで別途お話します。
続いて歌。毎年恒例?だったさよならぼくたちのようちえん(ほいくえん)は聞けなかったが、「またね」という曲を聴いて涙。
その他にも何曲も歌ったのですが、その中の一曲で保育園児には「Kiroroの未来へ」はまだ早いかなっと思いました。
子どもらしいというか年齢に合った曲ってありますよね。個人的な問題なんですが、より歌詞が入り込むような曲が望ましいと思う。
何はともあれそんな感じで涙ポロポロではなくボロボロでした…。
「ママ僕頑張ったよ」名言に胸熱
卒園式で一番胸熱だったお話をします。上記でもお話した卒園証書授与の中でも一番ヤバかった一言の話です。
どの子も皆、凄く良かったんですが、その中でも断トツに胸に突き刺さる言葉を言った子がいる。
4年間連続、保護者へ感謝の気持ちを述べる言葉を聞いてきましたが、その中でも断トツです。そう思ったのははる蔵だけではなく、一緒に隣りで見ていたA先生も同じこと言ってました。そのA先生は4年どころではなく、7年?8年?ほど卒園生の言葉を聞いてきた先生です。
しかし毎年どの子も大体似たことだったり、同じようなこと言うんですけど、その子は違いました。
S君「ママ僕頑張ったよ」
【追記+動画】
音声だけを引っこ抜いてみました。
もうね、はる蔵はその言葉を聞いて「僕も死ぬ気で頑張れます」って感じ。
これはもう死んでもいいと思ったくらい感動というか言葉の重みと素直さが伝わってきました。
保護者への感謝気持ちではないのですが、本人が精一杯考えた言葉です。
卒園式が終わった後にA先生と喫茶店で謝恩会まで時間を潰していたのですが、その時「あれは担任の先生が考えたっぽいよね?」とかそういった話になったのですが、途中から合流したN先生に事実確認をすると…あれは本人が考えた言葉だそうだ。
どうやら感謝という意味を説明しても、よく理解してくれなく、特例で「僕頑張ったよ」でOKを出したとのこと。
その子は少し障がいがある子でして、はる蔵はもちろん多くの先生がその子と深く関わってきました。だからより、言葉の重みがあったのです。
A先生「あれは今まで聞いてきた中で一番心に残る言葉。あれは○○保育園史上初の名言だよ。」みたいなことも言ってました。
はる蔵も同感です。マジで精神が取り乱してましたから。
また、メールでもA先生から「○○ちゃん(男)の僕頑張ったよは、本当忘れられない卒園式になったね」と来ました。
マジで忘れません。音声を抜き出して元気が出ない時に聞こうと思う。いや、本当は着メロにしたい位だ。とは言え、さすがにそれはしませんが(笑)
ってかA先生にこの音声部分を送ってあげることにする!まだ音声確認すらできていないけど、多分ちゃんと音を拾っているはずだ。
今後悩んだ時、元気がない時、上手くいかない時、よし頑張ろうと思えるような、そんな貴重な言葉を録音していて本当に良かった。
多分こうやってこの記事で熱く語ってもこの思いはほぼ届かないものだと思うのですが、はる蔵にとっては一生に一度聞けるかどうかってレベルの言葉になったと思う。
謝恩会
毎年飲食店で謝恩会をやるそうなんですが、子ども達があまりにもわんぱくすぎるので、今年はホールを貸し切り(笑)
そして毎年、5歳児を受け持った先生と施設長・園長だけが謝恩会へ参加するのですが、N先生・A先生・はる蔵も参加することになりました。ってか5歳児を受け持った経験はないので謝恩会は初体験です。
他にもこのクラスを受け持ったことのある現役の先生達がいるのに、その先生達が呼ばれていないのに、辞めた人間が参加するっておかしな話なんで気まずかったのですが、保護者の方がせっかく招いてくれたので…。保護者の方に感謝されることはしていないので、間違いなくA先生のおまけみたいな感覚で呼んでくれたんだと思います。
とにかく謝恩会ではワイワイやってお食事をしたのですが、卒園式の顔とは違って子どもたちははじゃいでました。立派過ぎる顔もいいけど、この悪がき的な笑顔もやっぱりたまりませんね。
そして謝恩会の終盤らへんに先生達からといった場面がありまして、謝恩会初体験の俺は何も考えていなかった。っというかそんなんがあるとは知らなかった。
自分が何て言ったのか覚えていないくらい訳分からんことを言っていたんだと思いますが、終わった話なので、もうそのことは思い出したくないです(笑)
自慢話でごめん!嬉しすぎるので言わせて
R君という子がいるのですが、担任いわくその子は担任以外の先生の名前、そしてお友達の名前も覚えていないらしい。
たまたまその話を謝恩会の時にしていて、それを聞いていたのですが、はる蔵は「???」って感じだった。
だってこの話を聞く前に、その子にはる蔵自身を指して「この人誰だっけ?」って聞いたら「はるゆき先生」って言ったんですよ。それはその子の親もその場で聞いていて「すごい!覚えてるんだー」って話をしたくらいですからね。
その子の特別な記憶に残っているとは思えないのですが、名前が覚えやすかったのか?
どうであれ、その子が覚えていてくれて、そして他の子にも同じように聞けばみんなしっかり覚えていた。あとあと、障がいを持ったS君「僕頑張ったよ」の子もしっかり名前を覚えてくれてたんですよ。
マジでこれ自慢っす。皆から忘れられていないとかマジで自慢!これマジ自慢というか嬉しいから許してください。
他にも自慢というか嬉しい言葉を保護者から聞けたりしたんですけど、自慢話ばかりになるとさすがに…なんでここらでヤメテおきます!
あーとにかく卒園式で悲しくもあり、嬉しくもあり、最高の一日でしたわ。
また先生やりなよ
保護者の方にはまた先生やりなよとか、そして恩師的な先輩あり母のようなN先生から戻ってきてと何度も言ってくれましたが、丁重にお断りしました。
俺にとって保育はとてもやりがいがあって素晴らしくもあり、大変な道。また、子どもは大好きなんですけど、保育の世界は子ども好きだけではやっていけないのです。
それに俺には新たな目標がある。ただその新たな目標がダメなら保育の世界へ戻るのもありだと思う。本当に保育士になって良かったとあらためて思うし。それこそあれこれ出来る時間とカラダが欲しいものですわ。
あとがき
これだけ書いてもまだ書き足りないくらいまだまだいっぱい話はあるのですが、かなり脱線してきているし、とりあえずここで終わらせます。
今日は子ども達はもちろん、園、諸先生方、保護者、もう全て…感謝の気持ちでいっぱいです。
※この記事は特定の子の話をピックアップして書いた話題がありますが、特定の子達だけがはる蔵を感動させたのではなく、本当に皆が感動させてくれました。皆愛してます。
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